キャリアウーマンの妻を持った後悔

私の離婚した妻はキャリアウーマンでした。

交際期間中は重い病気にかかってしまった為、妻はドクターストップで働くことができませんでした。

妻の病気は難病です。交際している時、何度も発作が出てしまい弱々しい彼女の姿に「私が守ってあげなくては」と強く感じるようになりました。

難病を患う前の妻は、相当仕事ができる女性だったと耳にしたことがあります。

元々、アパレル業のバイヤーをしていた妻は毎日、色々な県に行き、休みをとることなく仕事に没頭していたそうです。

そんな姿は想像できない程、弱ってしまった妻でした。

交際1年で私たちは結婚しました。

結婚してからも妻の難病の症状はなかなか改善されませんでした。

結婚生活も妻の病気中心になってしまったので、妻にとっては「迷惑をかけている」と心配になったのでしょう。

「貴方に申し訳ないから離婚したい」と仄めかすようになってしまいました。

しかし、そんなことでは離婚などしたくありません。

私は妻を一生支えていくと心に決めていました。

 

結婚して3年後、難病を和らげることができる治療が見つかりました。

私も妻も大喜びで、すぐに治療に取り掛かりました。

治療の結果、難病の発作は殆ど起きなくなりました。

治療費として多額の金額を失ってしまいましたが妻の健康には変えられません。

私は仕事を今まで以上に頑張ることを決意しました。

しかし、妻は身体の調子が良いので社会復帰をすると言ってきました。

私は身体が心配だったので反対をしましたが、どうしても仕事がしたいという彼女の強い意志に負け、折れてしまいました。

この時、私が反対の気持ちを押し通していれば妻と離婚することなく、結婚生活を送れていたのかもしれません。

 

妻は以前勤めていたアパレル企業に復帰し、再びバイヤーとなりました。

生き生きと頑張っている妻に対し、私も嬉しかったのですが、妻は家に殆ど居ない状態が続くようになりました。

お給料も私より多く貰っているので私の立場などありません。

仕事に追われる妻を見る度、自分に自信がなくなっていきました。

このまま夫婦の生活が成り立たないのであれば離婚することも考えなければいけません。

 

キャリアウーマンと聞いていたが、まさかこれ程とは思いませんでした。

妻が出張から帰ってきた日に私は仕事を辞めて家庭に入るよう伝えました。

しかし、妻の表情は厳しくなり、「私の生き甲斐を取り上げないで。家庭に入るくらいなら離婚した方がまし。」と言い放ちました。

私との生活より仕事を選んだのです。

この発言がきっかけになり、私の心の中にも「離婚」というワードが飛び交うようになりました。

 

妻との関係は修復にないまま半年が経ち、離婚が成立しました。

もし、妻があのまま難病に悩まされていたら離婚などせず、私の傍にいてくれたのでしょうか。

そんな残酷な考えすら持ってしまう情けない私です。

お見合いに近い紹介結婚でうまくいきませんでした

私と元旦那は、職場の上司の紹介で知り合い結婚しました。ですので、恋愛結婚というよりはお見合い結婚に近く、正直あまり気乗りしていませんでした。

多分それは旦那も同じだと思うのですが、互いに上司の顔も立てなければならないし、という打算で結婚し最終的には離婚に到りました。

大概の人はそうだと思うのですが、結婚生活を送るのは初めてですので、どうしたらいいのか分かりませんし、部屋を借りるとき旦那は自分の部屋がほしいと言い、結婚したら部屋に篭って出てこなくなりました。

神話にでてくる神様なみです。

 

 

仕事にいくときは出てくるのですが、結婚していてもあまり顔を見ない生活でした。夜の生活も淡白で月に一回あればよいほうで、やることやって終わったら旦那は自分の部屋に帰るので、売春婦かよ、みたいな気分でいました。

三年ほどするとそんな生活にもなれたのですが、毎日きちんと帰ってきていた旦那が帰ってこなくなり、部屋から出てくるとき(職場にいくとき)の格好が原色系に近い服が多くなったのです。今までねずみ色みたいな服ばっかりだったのに、と思い、まぁまさかよくある不倫とかじゃないよな、と思いつつ今のところ問題ないし平穏に過ごそうと思っていたのですが、ついに旦那から「離婚したい」と言われました。

久々に聞く旦那の声で、この人こんな声だったのかと思いつつ、もしかして浮気でもしてない?と聞くと「え?気づいてたの?」みたいな顔をしていたので、女をなめんじゃねぇよ、と思い、今まで放置していたくせに外に女がいることに急に腹が立ち、離婚するなら慰謝料をがっぽりもらうよ、と宣言すると、そもそも別居結婚のようなものなんだから、結婚生活は破綻しているんだ、と言われました。

だからといって浮気していいのか、と反論すると黙ってしまい、実家に連絡をし、離婚することになりそうだから家に帰るね、と私は実家に帰りました。

父も母も、私たち夫婦があまりうまくいっていないことに気づいてはいたようなので、離婚するといっても「いいんじゃない」という感じでした。

離婚に向けて話を進めるなかで、父から弁護士をつけたほうがいいよ、と言われ(なんか私よりノリノリでした)、離婚問題に詳しい弁護士を紹介してもらったのですが、私も旦那も日記などはつけておらず「結婚したときから別居結婚だった=結婚生活の破綻」とは判断されないから、離婚してお金をもらうには私のほうが有利とのことでした。

旦那も日記でもつけていれば結婚生活の破綻が証明されていたのかもしれませんが、ほぼ私の申請が通り、慰謝料はビビたるものですが二百万ほど貰い、旦那の浮気相手からも百万ほどもらいました。

結婚生活は楽しくなかったので、自分が必要だと思うまで、もう結婚はしないでおこう、と決めています。

田舎の農家に婿に入り離婚が成立しました

私は将来を見込まれて、農家に婿に入った30代の男性です。

離婚に至った経緯はお話しすると長いのですが、少しずつ書いてみたいと思います。

私は20代前半の頃、農業大学を出ました。

本来は酪農を専攻していたのですが、将来を見込まれて稲作や畑作をする農家との縁談が持ち上がったのです。

当時の私は、この縁談を何とか断ろうと必死に努力していたのですが、相手の希望もあった為にうちの両親が進めてしまいました。

その背景は、酪農家の先細りが原因でうちの親が心配しての縁談でした。

実際に会ってみると悪い感じの先方ではなかったので、時間は掛かりましたが25歳で結婚しました。

婿に入った先の家は、祖父母と両親と嫁になった女性と妹が一人いました。

ですが、婿に入ってみると雰囲気が一変したのです。

 

私が外で働いている事に対して嫌みが始まり、嫁も参加して私を罵倒します。

また、土日は田圃や畑に出て作業をさせられるので休日が一切ありません。

初めの頃はそれでも体力があったのですが、段々と疲れが抜けない状態が続きました。

 

結婚して5年後、私の不妊が疑われました。

そこで夫婦揃って不妊の検査を行いましたが、嫁の方に不妊が発覚したのです。

跡取りは出来ませんし、このままでは家が絶えると騒動になったので、この時に初めて私の方から離婚を申し出ました。

「既に疲れ切っている」との旨を伝えたのですが、義理の両親は「婿は雇ったのと同じだから、出て行くなら生活費の面倒を全部看ろ」と言われたのです。

私の離婚の意志は無視する上に、離婚自体にも応じない構えを見せていたので、私は自分の両親に相談しました。

結果、「帰ってこい」との言葉だったので粛々と離婚が出来る弁護士に相談をしたり、離婚経験者から情報を貰ったりしてました。

ある時、私以外の家族全員が温泉旅行に出掛けたのです。

その隙を狙って私の私物を全部、簡易宿泊所に移動。

離婚を申し出てから1年半経過していました。

離婚自体は弁護士が速やかに片付けました。

 

別居してから2ヶ月でのスピード離婚です。

身体を壊す前に、離婚できた事は幸いでした。

自宅に浮気相手を連れ込んでいた所を見てしまった

離婚の理由は夫の浮気です。
浮気を発見したのは自宅でした。

 

ある日、洗濯物を干していたのに雨が降りそうになりました。

仕事場と自宅が近かったので、昼休憩に自宅へ行き洗濯物を取り込もうと思いました。ところが、自宅に帰るとなぜか夫の車が止まっていたのです。

もしかして調子が悪くて早退でもしたのかな?と思い家に入りました。

玄関には夫の靴と知らない女性の靴がありました。
私はその瞬間ピンときてスマホの動画を撮影しながらリビングへ入ってきました。すると、リビングのソファーで夫と知らない女性が事に及んでいたのです。びっくりしましたが同時に怒りも込み上げてきて怒鳴ってしまいました。

もっと驚いたのは二人だと思います。二人とも全裸でポカーンとしていました。二人は服を着てそれから話し合いになりました。

半年前から同じ会社の女性と夫は浮気をしていたそうです。

私は自宅に女性を連れ込んでいる夫とはもう一緒に暮らせないと思い離婚を言い渡しました。

そうなるともう自宅にいることも嫌になりすぐに荷物をまとめて実家に帰りました。実家に帰るとすぐに私の両親にその日にあったことを説明しました。

子供もいないし、まだ結婚して1年半で私も若かったのでやり直すならすぐがいいと両親も離婚に賛成してくれました。

それから夫と夫両親、私、私両親で話し合いをしました。夫両親は謝ってくれましたが、離婚についてはやめるつもりはありませんでした。

夫も離婚はしたくないようで「出来心だった。これからはそういうことをしない。まだ結婚して1年半だしこれから夫婦になっていけばいい。」などと言い出しました。

私はこれだけ夫婦関係をズタズタにしておいて何を言っているんだろうか。と理解に苦しみました。

離婚に応じないようなら、夫の会社に連絡をすると言うと夫はやっと離婚に応じました。さすがに会社に浮気がバレるのは問題のようでした。慰謝料をしっかりともらい、財産分与もしっかりとして離婚をしました。

離婚した後も夫はメールで復縁を迫ってきましたが、その度に夫両親へ連絡してやめてもらうようにしました。

今は平穏な生活を送っています。

夫婦で目的が変わってしまいました

私達は一才違いの30代の元夫婦でした。
私は珈琲焙煎業で男性です、元妻はサロン経営でした。

お互いが若い頃から自分達の趣味を大切にしていたのですが、段々と趣味が高じて商売に発展してしまったのです。

それが元で離婚を決断しました。

 

私は珈琲が好きだったので、珈琲の道を選びました。

元妻はアロマが好きだったのでアロマの道へ。

やはりお互いが自営業をする方向に行ったのが災いでした。

初めは私が脱サラして、珈琲焙煎の店を開業したのです。

二年後、元妻がアロマサロンを開業して別々に多忙になりました。

 

家では夜に少しだけ会って会話する程度になり、その時間も僅か10分程度で終わってしまいます。

ですが、夫婦愛みたいなものは継続していたので離婚すると当時は思っていませんでした。

やがて、元妻のアロマサロンが成功してセミナーを始めたり、出張が始まるようになったのです。

家で会うのも2~3日に一回になって行き、私が家事全般をするようになりました。

その事は良いのですが、帰宅しても次のセミナーの準備で会話も無くなり、殆ど仕事をする為だけに帰宅するようになったのです。

 

離婚する二年前まで、このような生活をしていた為に一度だけ話し合いをしました。

主旨としては、このままでは夫婦としてダメになるから少しだけ家庭を大事にしようと。

ですが、元妻は収入が楽しみになってしまった為に私の話を聞き入れませんでした。

やがて、家で会う事すら無くなり一週間に一回顔を見れば良い方になったのです。

食事の世話、洗濯や掃除を私がしていましたが、私の店が軌道に乗ってきました。

ですから、離婚の二文字が脳裏を過ったので私は別に店の近くにアパートを持ち生活し始めました。

 

それが元妻には激怒した原因になったと思います。

元妻も家を出て、離婚に備える為に本格的に事務所近くにマンションを借りました。

私は離婚する為に弁護士を雇い、スムーズに解決したのです。

既にお互いに別の道になっているので話は早かったのです。

 

離婚はやはり一緒にいても意味がないと思った時点で決断をしました。

いつから不和?と云うよりも、別々の道を歩んだ時点で終わっていたのです。

今は離婚してから、友達のような関係に戻りました。

友人の連帯保証人になり、借金で離婚

去年離婚した男性です。
50歳になったばかりの繊維業の工場を経営する者です。

人が良い人は沢山いるのですが、私の場合は甘い人間だと思いました。まさか、私の借金で離婚に至るとは思ってみなかったので。

 

私は小さいながらに繊維工場を営んでいました。

経営は順調ではないものの、工場を維持して行く事には満足が出来る状態だったのです。

高校時代の友人が借金で困っていると相談してきたので私は現金で50万ほど貸しました。

また、その友人が町金融に借りる際にも連帯保証人になったのです。

その事を家族には内密にしていましたが、友人の支払いが滞ったのが一年後。

その時に封書で支払いの請求書が届いたので家内に発覚したのです。

 

勿論、大変問い詰められました。

ただ、私の言い分は、今となってはそうでないことが分かりますが、友人に何かしらの理由があって連絡が遅くなっていると妻を説得しようと考えたのです。

ですが、却ってこの言葉を言う事で家内を怒らせてしまったようです。

 

家内と娘から離婚に応じるように言われました。

私としては大袈裟だと思って冗談かと思いましたが、暫くの間見ていなかった工場の帳簿を見せられたです。

その内容は、来月にも社員に給料が払えなくなる可能性を含んでいたのです。

 

私は土下座して家内と娘に謝りましたが、二人は許してくれません。

二人は身の回りの品を持って家内の実家へ帰りました。

その時は反省すれば帰ってきてくれると思ったので、離婚なんて夢にも思いませんでしたが、家内と娘は本気でした。

「工場も手放さないと生活できないと思う」と葉書が一枚届いたのが一年前です。

それは家内からの葉書でした。

 

二人に累が及ぶのか?その時は上手く判断が出来ませんでしたが、やはり娘は借金を持つ親を持ちたくないでしょうから離婚に応じる決意をしました。

家内とは中間地点で会い、離婚用の公正証書を作りました。

貼れて離婚が成立して、私は独身に戻ったのです。

 

友人ともあれから連絡が付きませんし、工場は一度は人手に渡しました。

離婚後、知り合いのツテでかなり小さな繊維工場を経営し始めました。

もうすぐ娘が二十歳になるので、結婚資金だけは親として出してあげたいと思ってます。

ダブル不倫の末に離婚致しました

私達は昨年離婚した30代後半の夫婦でした。

私と元夫は二人とも不倫を継続していましたが、やっと協議を重ねて納得した上で離婚となりました。

世の中には、見合いから結婚しても継続している夫婦が多い中で、私達は結婚に失敗したのです。

元夫は海外勤務の多い人でした、私は就職経験がない短大を卒業して元夫に嫁いだのです。

しかし、短大を出たばかりの私は炊事や洗濯はまあまあ出来ても、元夫の体調管理までは行き届きませんでした。

元夫は胆石を患って入院して、その病院の看護婦と不倫関係に入ったようです。

私は、その寂しい間を学生時代の友人と会って紛らわしていました。そして友人の遊び友達のAさんと云う方と知り合い、その方と不倫関係になったのです。

それから数年が経ちましたが、私達は子供に恵まれる事はありませんでした。

お互いが不倫をしているので、極度のセックスレス状態になってました。

 

寝いている時に元夫は、「俺達、本当に夫婦だろうか?」と呟いたのです。

私も呼応して、「そうね、考えた方が良いかも」と答えてしまったのです。

それからは、体面を気にした二人の生活が始まりました。

何度か離婚をしてみようか?考えたのですが、条件面で折り合いが着かずに何度か離婚協議を重ねました。

ですが、離婚となると体裁が悪いためにお互いが躊躇していたのだと思います。

元夫が話し合あると誘ったのは冬の事でした。

その時、一人の女性を紹介されました。

それは当時入院していた時の看護婦です。

私は雰囲気を察知して、私も元夫に告白しました。

「実は長い間、彼がいます」と。

その時、元夫も私も顔色が赤くなりホッとした気分で帰宅したのを憶えています。

それから、元夫は自宅を出て看護婦の彼女と暮らし始めました。

 

私は残されたマンションを管理しながら暮らしていたのです。

先日、このマンションを現金化して折半で話し合いが着いた時点で離婚が決定しました。

他の資産も均等に分けて解決しました。

離婚するまで紆余曲折でしたが、今はお互いの幸せを祈るばかりです。

妹と浮気してしまった夫を永遠に許すわけにはいかない

私の旦那は最低なことをしました。

離婚が成立した今も私の感情は治まることはありません。

きっと旦那に対する怒りや憎悪は永遠に私の心の中で渦巻くことでしょう。

この離婚をきっかけに大切なものを沢山失いました。

現在、本当の独りぼっちになった私は誰にも相談することができません。

 

 

私の離婚の原因は旦那の浮気でした。

浮気ではなく、旦那にとっては本気の感情だったのかもしれません。

相手が他人なら離婚まで繋がらなかったのかもしれませんが、私の2つ年下の妹との浮気だったので許すことはできませんでした。

浮気に気付き始めたのは、私たち夫婦が住むアパートに頻繁に妹が立ち寄るようになってから、旦那の妹に対する態度が徐々に変わっていったからです。

基本的に私が傍にいたので、ありきたりな会話しかできなかったのですが、二人は毎日のように連絡をし合い、愛を深めていったようでした。

実は私の親も幼い頃に離婚していて、父には会うことができなくなり、母に関しては別の男性と再婚してしまっているため、二人姉妹の私達はお互い助け合うように共に生きてきました。

私の結婚にも大喜びしてくれた妹ですが、きっと寂しい想いをさせたに違いありません。

結婚するときに妹に誓いました。

「私達は親の離婚で苦労したから、絶対に離婚だけはしないよ。幸せになるからね。」と妹に言いました。

妹はこの時、どんな感情で聞いていたのでしょうか。

妹がアパートを去った後、旦那のケータイをチェックしました。

嫌な予感は的中し、妹とのラブメールが大量に保存されていました。

「今日も会えて嬉しかった。お姉ちゃんなんかやめて私だけを見て。」そんなメールを見た瞬間、妹のことが信じられなくなりました。

一方、送信済みメールには「お姉ちゃんとの結婚をもう少し考えれば良かった。君とずっと一緒にいたい。」と旦那の本心が記されていました。

私は泣きそうな気持ちをグッと堪え、「離婚するわけにはいかない、耐えよう」と決めていました。

しかし、そんな決意も虚しく、壊されてしまう出来事がありました。

妹が夕飯を食べにきた夜のことです。

私はストレスでお腹の調子が悪く、何度もトイレに行っていました。

トイレに籠る時間が長くなり、急いでキッチンに戻りました。

ドアを開けた時、旦那と妹は深い口づけを交わしていました。

この出来事により、旦那は私に土下座をし、「離婚して欲しい」と言ってきました。

妹の瞳は冷めていました。

私は、怒りと悲しみで壊れそうになりました。

慰謝料を払うという条件で離婚は成立しました。

勿論、妹とも縁を切りました。

大切な人を二人も失ったことに悲しみを感じましたが、許すことができない憎しみも強く感じました。

離婚から2年半、経ちましたが、なかなか立ち直ることが出来ず、人間不信に陥ってしまいました。